マーケティングテクノロジーの近未来
Talk Session- Cookie規制を超えて、すべてのステークホルダーに利益と安全を届けるために
近年、世界各国でインターネットにおけるプライバシーの保護を強化する動きが高まっています。こうした流れを受けて、GoogleとAppleの提供するブラウザーが、Webサイト間をまたいで閲覧履歴をトラッキングできるサードパーティCookie[*1]の規制を順次実行に移しています。企業のデジタルマーケティングに甚大な影響を及ぼすこの巨大な環境変化は、どのような経緯で起きているのか。この変化を受けて、株式会社イルグルムが提供する広告効果測定プラットフォーム アドエビスは、どのようなポリシーと技術で対応しているのか。さらに、これからのマーケティングテクノロジーはどう進化していくべきか。これらのトピックについて、ジャーナリスト佐々木俊尚さんをゲストにお招きし、特別鼎談を行いました。
Cookie規制の背景にあるもの
岩田:近年、ヨーロッパのGDPR[*2]、カリフォルニアのCCPA[*3]、日本の個人情報保護法の改正に象徴されるように、世界各国でプライバシー保護に対する見方が厳しくなっています。それと連動して、ネット広告の業界ではサードパーティーCookieの規制が進み、業界構造が激変するというような状況になっています。こうした動向とその背景について、佐々木さんはどのように見ていますか。
佐々木:個人情報やプライバシーについては2000年代前半に日本で個人情報保護法ができたころから、ずっと議論されて来ていて、特に新しいテーマではありません。では、2000年代と今とで何が変わったかというと、ひとつは日本でGAFAと呼ばれている大手プラットフォーマー企業があまりにも大きくなりすぎて、非常に強い支配力を持つようになったこと。それに対する危機感があります。
それから、プライバシーだけじゃなく、GAFAの領域が政治の世界に接触してきたということが大きい。2016年のアメリカ大統領選挙で、フェイスブックのデータを使ってトランプ陣営に有利な選挙戦を展開したと言われるケンブリッジ・アナリティカ事件があった。この政治への接触と、GAFAの巨大化への懸念というところから逆流してきて、今のプライバシー議論に繋がっているのではないでしょうか。
そういう経緯なので、本来個人データの活用は全否定されるような話ではないにも関わらず、あまりにも否定的に扱われていて、ちょっと行きすぎなのかなと個人的には思っています。テクノロジーと人間はある種の共犯関係で、データを提供するかわりに自分たちもメリットを得られるから使っている。いかにバランスを取るかが議論されるべきではないかと思います。
ファーストパーティCookieでの計測が主流に
岩田:こうした世界的な動きに対して、大手プラットフォーマー側、具体的にはAppleとGoogleが、自社のブラウザーでクロスサイトトラッキング[*4]やサード―パーティーCookieを規制するというかたちで早々に歩みを合わせてきました。
佐々木:GAFAに対する規制が強まっていく状況の中で、付き合わざるを得ないといったところではないでしょうか。ただ、AppleとGoogleではスタンスが違いますよね?
中川:確かにスタンスが違うんですが、一つ共通して言えるのは、AppleもGoogleも、基本的に広告効果を計測することに関しては、否定的ではないということです。Googleに関して言うと、Google Analyticsという世界で最も使われている計測ツールを提供していますし、Appleも、クロスサイトトラッキングを規制する際に、その規制によって広告計測ができなくなることに関しては、「Unintended impact = 意図しない影響です」と公式なところで言っていますので、計測に関しては必要なものだという認識があると思います。
一方、AppleとGoogleの大きな違いとして、Appleの方がクロスサイト計測に関してより厳しい姿勢を取っているということがあります。Googleはクロスサイトトラッキングで、個人の特定や、誰がどこのサイトを閲覧したかというところまでは見られないようにした上で、広告ベンダーがターゲティングを行うために、Cookie情報を集計したデータを広告ベンダーに提供していく動きがあります。対してAppleはクロスサイトトラッキングは完全に規制する姿勢だと理解しています。
司会:アドエビスはこうしたブラウザー規制に対して、どのような方法で対応しているのでしょうか。
中川:サードパーティーCookieに関してはApple、Googleのブラウザ規制がありますから、その影響を受けますが、一方で、ファーストパーティーCookie、例えば自社サイトの最適化のために自社サイトに来たお客さんのデータを分析してサイト内で商品レコメンドをしたりUI/UXの改善に役立てるといったことは、基本的には問題がないとされています。
ですので、まずファーストパーティーCookieによる計測で自社のために自社のデータを使いましょうというのがベースになって 、次にGoogle chromeが提供するセグメントされたデータを使ったり、AppleのSafariが提供するデータを使うというのが第二の手段になります。第三の手段として、事前同意を得られた情報を匿名化したり統計化したりして、データを集めたベンダーが使うというものもあります。
われわれは、今後はファーストパーティーCookieによる計測がメインになると思っていますが、第二の手段、第三の手段も含めて、すべての手法に対して、アドエビスが対応できるように開発を進めています。
イルグルム社内に大手プラットフォーマーの技術動向をリサーチする専門部署を設けていまして、そこに語学力も技術力も長けたメンバーを配置して、常々技術理解と対策を行うようにしています。
佐々木:それはすごいですね。
岩田:われわれはお客様企業から委託を受けて、お客様のウェブサイトのファーストパーティーCookieを含むデータの取得・分析をご支援する、という立ち位置です。ここでは委託関係である、というところが重要なポイントです。ファーストパーティーCookieを使って取得したデータを受け取る主体はわれわれではなく、あくまで広告主企業様です。その裏側をわれわれが支援させていただいているという関係性です。
マーテックが向かうべき場所
佐々木:個人的に思っているのは、パーソナライズって果たして正しいのかということなんです。自分の行動履歴からおすすめが判断されるだけだと、トカゲが自分の尻尾を食っているようなもので、セレンディピティ[*5]が生じない。『新しいメディアの教科書』という本で「コミュニタイズ」ということを書いたんです。パーソナライズじゃなくてコミュニタイズ。その人と同じような趣味趣向の人たち、あるいは共同体といったグループに対して最適化する方向に行くと、意外に思わぬものがでてくるという。
アマゾンが取り組んでいたコラボレイティブ・フィルタリングのように、同じ本を買っている人をグルーピングすると、そのグループ内の人が全然別のジャンルの本を買ったときでも、その本をグループの他の人たちにおすすめすると意外とマッチするのではないか。本そのものの属性ではなくて、人間の思考回路の中で突然電光が走るように変なものを選んでしまう行動をうまくつかみ取ることが大事。そういうセレンディピティをいかに生み出すかというところまで考えると、パーソナライズとは違う新しいアプローチがありえるんじゃないかと。いろんな方向性を探るきっかけになるという点は、ブラウザ規制の不幸中の幸いではないでしょうか。
岩田:ある程度の代替の機能が提示されているという点もマーケッターにとっては、不幸中の幸いといいますか、活路が見いだされるところがあると思います。一方で計測や統計化をプラットフォーマーに依存しているという部分は課題ですが、それでもセレンディピティを生み出せるようなテクノロジーやマーケテティング手法が模索できれば、今後企業としての差別化につながるのではないかという印象もあります。
佐々木:個人的には、リターゲティング広告[*6]にかなり傾斜した現在の広告手法には限界が来ているのではないかと思っています。テレビの時代にはブランドCMというものがいっぱいあった。「It’s a Sony」とか「日立の樹」とか。一見売り上げには貢献しなさそうだけど、長い目で見たらブランド構築にはすごく影響があった。ネットの時代にはああいう広告がなくなってしまって、すべてが数値化された。エンゲージという概念はあるけど、その指標として測っているのはいいねの数とかリツイートの数で、それが果たしてエンゲージメントなのか。ブランドに対する信頼感という意味でのエンゲージを測る指標はまだ存在しないですよね。そういうところを開発していくのも、この分野にとっては重要な課題なのかなと思うんですけど、難しいですかやっぱり?(笑)。
岩田:これがなかなか難しいんですよ(笑)。「日立の樹」が個人のマインドの中にいつの間にか入っているという状態なので、それをいかに数値化・データ化して計測するか。
難しい問題ではありますが、面白い研究テーマだと考えています。
佐々木:一方で、個人データを使った広告そのものがいけないかというと、そんなことはないと思っていて、結局自分にとってメリットがあるかどうか。フィードバックがあれば、問題ないわけです。
以前、駅で顔認識技術を使って利用者のデータを取って、それをマーケティングに活用するという取り組みがあって、ずいぶん批判されたことがありました。なぜ批判されたかというと、駅を使っている人にとってメリットが何ひとつなかったからです。自分のデータがどこかに売られるだけだから。でもアマゾンで買い物をして購買履歴に基づいて的確なおすすめが来るっていうのは、直接すぐメリットがある。たいていの人にとってメリットがあるプライバシーデータの使い方をすれば、行動ターゲティングの広告っていうのは今後も成立すると思います。
岩田:そうですね、大手プラットフォーマーがユーザーデータをもとに収益を上げる代わりに、われわれは無料でGmailに代表されるようなさまざまなメリットを享受しているわけですから。
各企業は今を生きるためにマーケティング活動をやっていかないといけない。すると、どうしても大手プラットフォーマーと付き合っていかないといけない。うまく関係性をバランスしていく必要がありますね。
佐々木:大手プラットフォームと付き合いつつ、なおかつデータの主導権を握っていくにはどうすればいいのか、というのはめちゃくちゃ高度な課題で、それこそ色んな企業がいろんなことをやっています。御社もそうですよね。
データの主導権を握るには
佐々木:プラットフォームビジネスはこれまで、水平的に広がるものだった。たとえばアマゾンは書籍から始まって、今ではあらゆることをやっている。でも、そうではない垂直に展開するバーティカルなプラットフォームというのも、これから重要ではないかと思っています。
例えば日本の流通産業で言うとイオンは水平的なプラットフォーム。そこら中にあって、なんでも売っている。一方で成城石井のようななスーパー。これもプラットフォームですが、文化的にすごく深い。そして使わない人は使わない。刺さる領域はすごく狭いわけです。狭いんだけど深い。そういうバーティカルなプラットフォームでは、文化的な空間の中に人々をうまく囲い込むことによって、よりエンゲージメントを高めていく。そこではまた別のネット広告のあり方もあるのではないかと。バーティカルなプラットフォームに人々を囲い込んで、その中で上手くデータをやり取りできれば、これまでの大手プラットフォーマーは関係なくなる。
岩田:それはすなわち新たなプラットフォームということになるんでしょうか。
佐々木:そうですね。Netflixが典型でしょう。そこで提供されているコンテンツはフェイスブックやツイッターで拡散しているわけではなくて、Netflixの空間の中で情報がシェアされているわけで、それでも2億人を超える有料会員を持つ巨大なサービスに成長している。文化的に深みのあるバーティカルなプラットフォームを構築していけば大手プラットフォーマーとは関係なく生きていけるという好例だと思いますよ。
岩田:新たなプラットフォームの可能性も模索しつつ、大手プラットフォーマーともうまく関係性を確立してやっていくというスタンスが重要になりそうですね。
佐々木:そうですね。いかにうまく水平的なプラットフォームを利用しながら、自分たちのバーティカルなプラットフォームを作っていくか、ではないでしょうか。
岩田:バーティカルなプラットフォームを作る上では、やはり大手プラットフォーマーのテクノロジーだけを使っていくというスタンスではなく…。
佐々木:そうですね、Googleの解析結果だけを使うのでは同じ結果しか招かない。プラットフォームはどうしてもデータを出し惜しみするので、彼らのデータと自分たちの分析能力をいかにうまく組み合わせて優位性を生み出すかかというのは、非常に難しいけど、大事な課題ですね。
岩田:われわれの主力サービス、アドエビスの立ち位置もまさにそういうところです。アドエビスはマーケティングの効果測定システムとして国内で多くのシェアを持たせていただいています。これからの企業のマーケティングにおいて、データとテクノロジーはますます重要になると思いますが、各企業が現在の複雑なプライバシー技術を理解して、しっかりデータを蓄積・活用していけるのかというと、単独ではなかなか難しいと思います。そこを我々が水平分離的に、テクノロジーベンダーとして、下支えするようなことができれば、これからの日本企業に貢献できるのではないかと考えて、事業を展開しています。
佐々木:今後の展開を楽しみにしています。
- *1. Cookie:Webサイトを訪問した際に、ユーザー識別やセッション管理などを目的にユーザーのブラウザーに対して送信・一時保存するデータのこと。訪問したサイトと同一ドメインの情報を持ったCookieはファーストパーティーCookie、別のドメインの情報を持ったCookieはサードパーティCookieと呼ばれる。
- *2. GDPR:EU一般データ保護規則。
- *3. CCPA:カリフォルニア州消費者プライバシー法。
- *4. クロスサイトトラッキング:複数のサイトをまたいでユーザーの行動履歴を計測すること。
- *5. セレンディピティ:(肯定的な)偶然の出会い、予想外の発見。
- *6. リターゲティング広告:特定のサイトに一度訪れたユーザーに対して、追跡するように他のサイトに訪れた際にも同一の商品の広告を掲出することができる広告技術。
プロフィール
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆。『21世紀の自由論〜優しいリアリズムの時代へ』『キュレーションの時代』など著書多数。総務省情報通信白書アドバイザリーボード。テレビ朝日「AbemaPrime」火曜日レギュラーコメンテーター。
大学入学直後に休学し、バックパッカーとして世界を旅する。
帰国後に飲食店経営、旅行ビジネス経営を経て、2001年、22歳で株式会社ロックオン(現:株式会社イルグルム)を創業。広告効果測定プラットフォーム「アドエビス」シリーズや、ECプラットフォーム「EC-CUBE」など、主力サービスを世に送り出してきた。アドエビスは導入実績1万件を超え、広告効果測定市場において売上シェアNo.1となっている。
日立ソフトウェアエンジニアリング株式会社(現株式会社日立ソリューションズ)にて大規模システムの構築を経験したのち、2005年、株式会社イルグルムに入社。
以来、アドエビス、THREe、EC-CUBEといった主力サービスの立ち上げおよび、大手企業を中心に「アドエビス」をコアとしたデータ分析基盤の導入に携わる。現在は、「MXP(マーケティングトランスフォーメーションプラットフォーム)」の具現化に向けた製品開発を推進。